5.日本の獣医科大学における"馬についての教育"の実態
最近の20年間は,競技馬や競走馬の運動生理学的研究が,欧米豪の各国の獣医科大学を中心に精力的に行われるようになってきた。4年ごとに実施されてきた国際馬運動科学会議の第5回の会議(ICEEP5)が,1998年9月20-25日の6日間,日本ウマ科学会とJRA競走馬総合研究所の共催により,栃木県宇都宮市で開催された。世界の18カ国から219名の馬学者が参加し,熱心な研究討論がなされた。
このような世界的な馬研究の隆盛と逆に,日本の獣医科大学における馬に関する教育・研究の実態は信じがたいほどに淋しい限りであり,学生は馬についてほとんど教育されずに卒業している。そこで,演者はわが国の獣医科大学における"馬についての教育"の実態を知る目的で,国立9校,公立1校,私立4校計14校を対象に,平成12年3月にアンケート調査を行った。調査結果は次の通りである。
1)馬についての授業時間
解剖,生理,外科,内科,繁殖,放射線,行動,病理,衛生関係の授業で,馬についての授業は30-0%であった。
その内訳は次の通りであった。
30%(帯大外科62時間,酪大10時間)
20%(岩大内科4時間,岩大繁殖20時間,府大外科5時間)
16.5%(北大外科15時間)
15%(府大内科)
14%(府大臨床繁殖)
10-15%(東大23時間,鹿大外科,日獣大臨床繁殖)
10%(北大繁殖15時間,鳥大10時間,山大,北里大6-7時間,日獣大内科,府大外科3時間)
7%(東大臨床病理0.5時間)
5%(日獣大外科8時間)
0.5%(帯大放射線)
0%(麻布大内科)
2)授業時間10%以上の大学における授業の具体的内容
北大解剖:肉眼解剖
北大外科:外科疾患
北大繁殖:繁殖生理,繁殖技術,繁殖障害
帯大解剖:外貌学
帯大外科:保定,検査,麻酔,蓄膿,歯牙,咽頭麻揮,臍ヘルニア,疝痛,呼吸器
岩大病理:講義
岩大繁殖:繁殖生理,解剖と機能,繁殖管理,繁殖障害
東大外科:整形外科,痂痛,呼吸器
府大内科:国試項目
府大臨床繁殖:繁殖生理
府大外科:消化器疾患,運動器疾患
3)実習時間10%以上の大学における実習内容馬についての実習時間を全体の10%以上の時間使っている
大学について,その実習内容を表9にまとめた。
表9.馬についての実習内容(実習時間10%以上の大学)
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大学・教室
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実習頻度
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実習内容
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使用馬
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北大解剖
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20%
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解剖
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サラ
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北大外科
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13%
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全身・局所麻酔,跛行診断,去勢,歯科,体表,手術,削蹄
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サラ,アラブ
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北大繁殖
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10%
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生殖器解剖,直腸検査、発情(学外)
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中半血種,サラ
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帯大解剖
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10%
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屠場臓器と生体での比較
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軽種
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帯大外科
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30%
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全身麻酔,咽頭形成,臍ヘルニア,大腸変位
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重種,軽種
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岩大病理
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10%
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病理解剖
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岩大内科
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10%
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採血,投薬,行動
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東大行動
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20%
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乗馬、行動観察
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サラ
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府大外科
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10%
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保定法,麻酔,去勢
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鳥大内科
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10%
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血液検査,超音波検査,心電図検査,打診法,保定法
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サラ,ポニー
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山口大内科
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10%
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保定法,投薬,虫卵検査,血液検査
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ポニー
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鹿大解剖
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10%
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解剖
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サラ
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鹿大外科
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12%
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麻酔,去勢
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酪農大内科
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10%
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内科基本事項
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サラ,ポニー,重種
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北里大解剖
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10%
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肉眼解剖,顕微鏡解剖
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サラ
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日獣大内科
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10%
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取扱い方
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注:サラはサラブレッド
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4)学外での見学,実習
北大外科:種馬場,馬診療所
北大繁殖:社台ファーム,新得試験場,北大付属牧場
帯大外科:農水省種畜センター
岩大内科:馬術部
岩大臨床繁殖:個人農家,遠野馬の里
鹿大外科:軽種馬協会,種馬場
日獣大内科:JRA美浦トレーニングセンター・総研
5)馬に関する研究課題の件数(過去10年間)
4件:岩大臨床繁殖
3件:北大外科,帯大解剖,東大生理,酪農大内科
2件:北大臨床繁殖,東大解剖,府大病理,山口大内科,酪農大解剖,日獣大内科,
1件:北大解剖,帯大放射線,帯大外科,東大臨床繁殖,東大外科,鹿大解剖,北里大外科,麻布大外科
6)馬関係の就職先
北大:軽種馬協会,牧場,JRA
帯大:JRA,社台ファーム,軽種馬協会,ばんえい競馬馬主協会
岩大:JRA,厩舎関係
東大:JRA
府大:JRA,日高軽種馬農協,開業獣医
鳥大:乗馬クラブ,牧場
山口大:地方競馬,JRA,木曾馬保存協会
鹿大:JRA,軽種馬協会
酪農大:社台ファーム,NOSAI日高
北里大:JRA,軽種馬協会,生産牧場,育成牧場
日獣大:JRA,乗馬クラブ
麻布大:JRA,地方競馬,牧場,開業獣医
7)馬の教育についての教官の考え方
北大A:馬関係の就職先が少ないので,15%以上も講義することは許されない。
馬の症例が少なく,若い先生は馬を扱えない。
北大B:北海道では馬は重要な家畜である。馬関係を希望する学生が多いが,職場が限定されている。
帯大A:欧米のように馬の教育を充実することはできない。
帯大B:牛が主体であり,馬の症例が少なく,教育も少ない。
帯大C:馬の実践教育が不可欠であり,学生が興味をもつ教育を目指したい。
岩大A:馬は獣医学の基本である。
岩大B:10数年前に比べ,馬への興味は減少している。
岩大C:馬と人とのコミュニケーションは重要であり,馬の教育を進めたい。
東大A:馬の教育は重要であり,継続すべきである。
東大B;総合馬学を試みたい。
東大C:伴侶動物として馬は重要であり,人と馬のコミュニケーション
東大D:大学では馬の教育は困難であり,馬関係者の協力が不可欠である。
現状では,JRAからの非常勤講師の派遣は困難である。
府大A:基礎分野では充分。
府大B:馬の価格,飼養費が高価であり,大学で飼育することは困難である。
府大C:実習牧場が近くに必要である。
鳥大A:馬の重要性を忘れつつある。
鳥大B:施設が不十分であり,公的機関との共同教育施設が必要である。
山口大A:教官の経験が不足している。
酪農大A:馬の教育を軽視することはできない。
北里大A:JRA総研にサマースクールを設置してほしい。
北里大B:馬関係に就職する学生が少なく,学生が馬に興味を示さない。
日獣大A:馬の情報は必要であり,馬に接する機会を増やしたい。
麻布大A:馬関係に就職希望者が多くなれば,教育も充実するべきである。
麻布大B:教官に対する馬の臨床の再教育が必要である。
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