馬科学情報

馬の動的上部気道閉塞の管理(The Management of Dynamic Upper Airway Obstruction in Horses)

 Professor Tim Greet (Rossdales Equine Hospital, Newmarket, GB)

鼻咽頭リンパ組織過形成Nasopharyngeal lymphoid hyperplasia:若齢馬の鼻咽頭と喉 嚢にはリンパ組織が広汎に存在しているので、一般的に鼻咽頭リンパ組織過形成として説明されている。この疾患は、通常、無症候性であるが、若齢馬の内視鏡 検査により、個々のリンパ濾胞が極端に隆起し、多くは炎症を起こしていることが明らかとなる。競走馬の調教師や馬主のなかには、このような変化に関心を示 すヒト達がいる。治療の必要性はないが、馬臨床家によっては、局所性および非経口性の抗炎症薬並びに抗生物質によってこの疾患を治療している。このような 過形成性リンパ濾胞は年齢とともに消失し、5歳齢以上の馬の大部分では鼻咽頭は比較的滑らかとなる。
一過性軟口蓋背方変位Transient dorsal displacement of soft palatal(一過性DDSP):この疾患に罹患した馬は、馬がストレス下にある競馬のゴール近くで、特徴的な”gurgling” noise(水の入ったビンを傾けたときに出る“ごぼごぼ”という音)を生じる。通常は自然に治まるが、この徴候を“詰まったhaving choked up”あるいは“舌を飲み込んだhaving swallowed its tongue”と記載されることが多い。
 診断は、病歴、臨床徴候および動的内視鏡検査時の所見を考慮して行われる。原発性疾患として生じる場合もあれば、細気管支炎、喉頭蓋絞扼あるいは反回 (喉頭)神経ニューロパシーのような上部気道閉塞を引き起こす他の疾患に続発する場合もある。休息および時間経過が最も効果的な治療法であると示唆してい る研究者もいるが、競馬産業の厳しい競馬日程ではこれらは許されない!馬が完全に競馬環境に適合していることを確認し、かつ、ほこりの立たない馬房管理が 実施されている場合、あるいは舌ストラップを使用している場合、あるいはより緩やかなハミを用い、かつ、ときに馬を異なった乗り方で乗る場合には、この疾 患が消散する馬もいるようである。コーネル大学の研究では、コーネル・カラーによる喉頭舌骨の支持によっても一過性DDSPの治癒が明らかにされている。 この使用は英国における競馬では違法となるが、臨床家によっては、診断のためあるいはトレーニングの補助具として使用している。
 一過性DDSPに対する外科療法は広く用いられており、しかも種々の術式が存在する。これは、この疾患の治療を成功させることが如何に困難であるかとい うことを示唆している。歴史的には、口蓋垂切除術および“舌骨下筋”の筋切除術が軟口蓋緊張を増大するために用いられ、同様の目的で、硬化剤注入、口蓋形 成術、あるいは熱した鉄ないし手術用レーザーによる治療などの手法が用いられた。これらの治療法の結果はまちまちであるが、典型的には60%の成功率が文 献では引用されている。
 軟口蓋のレーザー手術では、軟口蓋の背側表層の少なくとも30部位にレーザーを照射する。軟口蓋の吻側部とは異なり、後側部は非常に薄くなるので、瘻孔 を作らないように注意する。最近発表されたレーザー手術の術後調査では、症例のわずか48%だけがレーザー手術のみで消散したと報告されており、この術式 を単独の治療法として推薦するには十分ではないことが明らかとなった。
 広く受け入れられている最新の外科療法は、喉頭の“tie forward”であり、これは、甲状舌骨筋の収縮を模倣するために、喉頭の甲状軟骨を底舌骨へ縫合する。最初の文献では成功率が87%と報告されたが、 その後の文献ではこの数値がより低くなっている。現在、我々が勧めているのは、一過性DDSPと診断上確認され、種々の治療に対する反応が存在しない場合 には、喉頭の“tie forward”を軟口蓋のレーザー治療と併用して用いるべきであるということである。
持続性軟口蓋背方変位Persistent dorsal displacement of soft palate (持続性DDSP):この疾患は休息中ないし軽度の運動中に大きな呼吸雑音を生じるので、真の動的障害ではない。通常、重度の運動不耐性が存在し、ときに低レベルの嚥下障害を生じる。休息時の内視鏡検査によりこの疾患が示唆される場合があるが、確定診断にはX線検査を必要とする。
 持続性DDSPはときに特発性であるが、喉頭蓋絞扼あるいは喉頭蓋低形成のような他の疾患に続発する場合が多く、まれに喉頭形成術後に発症する場合があ る。喉頭蓋下腫瘤の存在がよく認められる原因の1つである。造影剤を用いた咽頭X線撮影が腫瘤の輪郭を明らかにするのに有効である。Ducharmeは持 続性DDSPの症例における“tie forward”の成功を明らかにしているが、重度に変形した喉頭蓋に対してはこの手技が成功する可能性はないであろう。
動的咽頭虚脱Dynamic pharyngeal collapse:この疾患は運動時に重度の雑音と上部気道閉塞を引き起 こす。診断は動的内視鏡検査によってのみ可能となる場合がある。この疾患は、DDSPと関連している場合あるいは後頭蓋後傾と関連している場合すらあるが 病因は不明である。単純な症例では、背側の咽頭と口蓋をレーザーポイントで多数点照射をして、“硬化”効果の産生を試みる。予後はよくないが、この他に現 在使われている治療法はない。
第4鰓弓奇形4th branchial arch anomalies (4BAD):この疾患は喉頭軟骨群と輪状咽頭筋群 に関する種々の先天性障害を引き起こす。この疾患は、口蓋咽頭弓の吻側変位として初めて報告されたが、臨床徴候と内視鏡検査所見は非常に変化に富んでお り、これらの所見には運動時の呼吸雑音と運動不耐性が含まれる。口蓋咽頭弓が吻側変位する場合があり、食道が頭側食道括約筋(輪状咽頭筋群)の低形成によ り裂けている場合がある。口蓋咽頭弓の吻側変位は左右非対称の場合があり、喉頭非対称と可動性の低下を生じることが多く、特に右側にこれらの異常が生じる のが典型的である。これらは物理的な機能障害であって、麻痺ではない。このような症例では甲状腺軟骨の触診が非常に重要であり、左右非対称を検知できる場 合が多い。
 興味深い、特徴的な徴候は“げっぷ”であり、この徴候を持つ動物は真性空気嚥下症である。X線側面像により、頭側食道内の空気の存在が明らかとなるのが 通例である。喉頭形成術は喉頭が形態的に変形しているために不可能なのが通例であるが、レーザーによる声帯切除は正当化される場合がある。
喉頭蓋絞扼Epiglottal entrapment:これは喉頭蓋下粘膜の背方変位によって生じる。この疾患は無症候性の 場合、あるいは呼吸雑音が運動時に聞こえる場合があり、DDSPに続発する場合もある。持続性喉頭蓋絞扼を持つ症例では、常用の内視鏡検査により容易に同 定されるが、一過性喉頭蓋絞扼の症例では、遠隔操作型の動的内視鏡検査あるいはトレッドミル歩行中の内視鏡検査によってのみ確定診断ができる場合がある。 粘膜の変異が潰瘍化する場合があり、粘膜が肥厚する場合が多い。無症候性の場合には治療は特に必要としないが、調教師の要望により治療を実施することが多 い。一過性症例では輪状甲状喉頭切開による喉頭蓋下粘膜切除が、通常、唯一の効果的な治療法である。持続性症例では、鼻腔を経由して実施されるフックナイ フによる軸性切開が非常に効果的である。この手術は、局所性麻酔薬を咽頭に十分散布すれば、鎮静した馬を起立状態で実施することができる。この手術では、 軟口蓋の損傷を避けることを十分に注意する必要があり、臨床家によっては、全身麻酔下で、罹患馬の口腔を経由してフックナイフを使用することを好んで実施 している。術後に、抗生物質と非ステロイド系抗炎症薬の投与とともに局所性抗炎症薬散布を実施すると、喉頭蓋下の感染と炎症の危険性を低下させることがで きる。
 この手技による予後は良く、再発する症例はわずかに数パーセントである。レーザー療法は、口蓋の大きな損傷を引き起こす危険性がより小さくなるため魅力 的な選択肢を提供するようであるが、術後の持続性軟口蓋変位により喉頭蓋あるいは喉頭蓋周辺組織に随伴性損傷を生じる危険性が確実に存在する。従って、 我々は、現在、フックナイフの使用を推薦しており、必要があるときには、引き続いて残存性変位組織のレーザー治療を勧めている。
喉頭蓋後傾Retroversion of the epiglottis:非常にまれな疾患であり、トレッドミル歩行運動時の動的内視鏡検査あるいは遠隔操作型の動的内視鏡検査によってのみ診断が可能である。特異的治療法はないが、臨床家によってはテフロンによる喉頭蓋下強化を推薦している。
披裂喉頭蓋ヒダの軸性インピンジメントAxial impingement of the aryepiglottal fold:振 動および披裂喉頭蓋ヒダの軸性インピンジメントは、トレッドミル歩行運動時の動的内視鏡検査あるいは遠隔操作型の動的内視鏡検査によって認められる。左側 あるいは両側のインピンジメントよりも右側のインピンジメントがより多く認められる。この疾患はレーザーによるヒダの剥離によって容易に治療が可能であ る。この治療では咽頭壁への不用意な損傷を避けるように注意することが必須であり、レーザー治療の間、ヒダを把握しておくために気管支食道鉗子を用いるこ とによってこの問題は解決する。この疾患は他の手技では治療が困難である。少数例の症例で良い結果が報告されているが、この疾患がDDSPに随伴する場合 には予後はより劣化する。
小角突起亜脱臼Corniculate process subluxation:これは運動時の内視鏡検査でのみ診断可能である。原因は不明であるが、運動時に呼吸雑音と気道閉塞が存在する。内視鏡検査によって、正常な披裂および声帯の外転とともに小角突起尖端の腹側変位が明らかとなる。有効な治療法はない。
披裂軟骨炎Arytenoid chondritis:これは重度の症例には治療の困難な疾患である。それほど重度に罹患して いない症例では、内科療法に反応する場合があり、軟骨腫脹よりも肉芽腫形成の場合にはレーザーによる切除が有効となる可能性があり、喉頭可動性の低下がほ とんど存在しない場合にはレーザー療法が特に効果的となる場合がある。披裂軟骨切除は重度の症例の救命手法として有効な場合があり、罹患馬は繁殖用として 生涯を送ることができる。
反回(喉頭)神経ニューロパシーRecurrent laryngeal neuropathy:これは動的上部気道疾患群の なかで最も歴史的な疾患であり、この病因はまだ不明であったが、この疾患の病理学は最初に確立された。この疾患はほとんど常に左側に障害が生じ、ニューロ パシーの原因は、左側反回神経の長さ、および胎子のときにこの神経が誘導されるひねくれた解剖学的コースに起因していると考えられている。右側障害の症例 は鰓弓奇形の結果生じることが多い。罹患馬は吸息時に“whistle”雑音あるいは”roaring”雑音を生じるのが通例であり、重度の症例ではおお ざっぱな運動不耐性が存在する場合がある。左側の背側輪状披裂筋萎縮が、診断の確立した症例の触診により認められることが多く、運動後に喉頭振盪音を触知 できる場合がある。
 より重度の症例では、通常、馬の安静時に内視鏡検査により診断をすることは容易である。私の考えでは、最初の重要な内視鏡検査指標は、左側披裂軟骨の外 転固定を維持できないことである。この疾患レベルは、内視鏡検査所見における私のスケールでは、グレード4に相当する。ちなみにこのスケールはグレード 10まであり、グレード10では、左側披裂軟骨が完全に非動化し、虚脱している。一時的な非対称性および非同期性のより微妙な変化はより低いグレードとな り、疾患の進行に従って非対称性の段階的増大および運動の低下を含むより重度の変化はグレード5~10となる。残念ながら、これらの内視鏡検査によるグ レードと臨床徴候との相関は比較的乏しい。グレードの低い罹患馬が大きい雑音を発したり、何らかの運動不耐性を示す場合には、動的内視鏡検査を実施する価 値がある場合がある。
 喉頭片麻痺は不治の疾患であるが、馬の能力の障害に対しては万全の治療を用意しなければならない。従来方式の手技やレーザー法による声嚢声帯切除術は単 純な手技であり、合併症も非常に少ないが、運動不耐性の競走馬にこの手技を実施しても喉頭の呼気流は十分には改善されないので、最小限の効果しかない。し かし、重度ではない症例では効果があると示唆している研究報告もある。我々の病院では、局所麻酔により鎮静させた患馬にダイオード(半導体)・レーザーを 用いてこの手技を実施している。この手技は、声帯インピンジメントのみを罹患している症例の治療にも用いられている。披裂軟骨は比較的十分に外転している が、左側声帯(あるいはときに両側の声帯)が虚脱しているような症例では、動的内視鏡検査のみが診断可能である。
 レーザー法による声嚢声帯切除には基本的に2種類の方法がある。1つの方法は単純に声帯を剥離する方法であり、もう1つの方法は気管支食道鉗子で把握して声帯を切除する方法である。
 罹患馬が再発性喉頭ニューロパシーのために呼吸困難な場合には、喉頭形成術が最も効果的な治療法であり、これは常にレーザーによる声嚢声帯切除術と併用 する。クライアントには、ときに術後に重大な障害を引き起こす可能性のある嚥下困難を含む、将来起こり得る危険性を説明しておくべきである。必然的に、競 走馬を手術するときですら、外科医は、左側披裂軟骨をできる限り外転した位置に安定化できるように妥協できる位置(すなわち、過外転を避ける位置)にこの 披裂軟骨を固定するように縫合する傾向がある。披裂軟骨の外転は時間が経過するにつれて、通常、低下していくという文献報告があるが、私の経験ではこれは 正しいと確信している。重度の嚥下障害の残る馬はそれほど多くなく、大部分の馬ではこの障害は食餌管理と時間経過によって消散する。
 数は少ないが、嚥下障害によって乗馬不能となる可能性のある馬もいる。インプラントの切除により改善される馬もおり、これらの馬のうち少数は驚くほど改善する。しかし、残りの馬は発咳が持続する可能性がある。嚥下障害の原因は恐らく複雑なものなのであろう。
 この手技の有効性は、競走馬がレースで走る距離に依存しており、一般的には、距離が長いほど、有効性が高くなる(競走馬が短距離馬でない場合に当てはま る)。我々は、通常、成功率70%と調教師に説明するが、喉頭形成術後に最もハイレベルの競馬に勝利したという馬を見つけるのは非常にまれである。
 神経筋移植(第1頚髄から出る腹根、神経および運動終板を剥離し、運動終板を喉頭部に移植)がこの疾患の治療に勧められているが、欧州と北米におけるこ の移植の結果は喉頭形成術の結果よりも良くないのが一般的であり、術後、トレーニングに復帰する時間もサラブレッド競走馬としては長過ぎる。この手技は英 国ではもはや用いられていない。
喉頭腫瘍 Laryngeal neoplasia:これは比較的老齢の馬が罹患するまれな疾患である。喉頭腫瘍は浸潤性が非 常に強く、通常、手術不能である。局所性病変の治療は上部気道のレーザー手術法を用いることによって試みることが可能である。我々は、上部気道のレーザー 手術を受けた全ての罹患馬に対する標準術後プロトコールをもっている。
結論:遠隔操作型の動的内視鏡の出現により、馬の上部気道閉塞の多くの原因をよりよく理解するための大きな一歩を踏み出すことができた。機器を小型化する技術が進んでいるので、今後、より効果的な診断機器の出現を期待することができるであろう。