馬科学情報

 1. 馬の関節内注射法および薬物の選択法  (Equine Intra-articular Injection Techniques and Drug Selection)

 Dr. Gary L. Norwood, DVM

1. 馬の関節内注射法および薬物の選択法
1) 前肢の関節に対する注射手技
蹄関節:
複数のアプローチ法があり、以下の方法から選択する。正中線からのアプローチ:1インチ(2.54 cm)・20ゲージの注射針を用い、肢を負重させておいて、蹄冠溝の上1 cmで、外側指伸筋の腱の1-2cm左右いずれかの側方、あるいは正中線上に刺入する。側方からのアプローチ:1.5インチ・20ゲージの注射針を用い、肢を負重させるか、負重しないで屈曲位に保持して、側副蹄軟骨直上のへこみを触知し、冠骨の前部と後部の中間点に刺入する。蹄の検査:蹄関節の神経ブロックの前と後で蹄検査を実施する。蹄関節の神経ブロックによって蹄底と蹄叉中央部の疼痛反応は消失するであろう。
とう嚢:3.5インチ・20ゲージの脊髄針を用い、地面に平行な面から10°の角度で繋部掌側の陥凹部直下に刺入する。 1-1.5インチ刺入後に骨に当たる。注射針が1.5インチ以上刺入される場合には角度が急勾配過ぎるのであり、蹠枕に刺入している。刺入角度が地面と平 行に近いときには、液体が得られるが、これは蹄関節の尾側関節包内に刺入しているからである。薬剤の注入は蹄を地面から浮かせて実施せよ。注射針の位置はX線あるいはフルオロスコープによって確認せよ。我々は、麻酔薬によるとう嚢麻痺をとう嚢痛の診断に用いている。注入後4-5か月間、馬はとう嚢痛がなく健全である。合併症の1つには深指屈腱断裂がある。注射の反復は6か月毎に制限せよ。
冠関節:複数のアプローチがあり、以下の方法から選択する。背側アプローチ:肢を負重させて、繋骨遠位部の外側隆起を触知せよ。1インチ・20ゲージの注射針を用い、この外側隆起と伸筋の腱の中間点に注射針を刺入せよ。注射針の方向は、地面と平行にして、外側隆起の下約1/2インチの部位で伸筋の腱の下を目指す。掌側・外側アプローチ: 骨反応のある場合に好まれるアプローチであり、肢を負重しない状態で屈曲位に保持した方が、獣医師の安全にはより良い。注射針は1.5インチ・20ゲージ のものが好まれる。背側にある繋骨掌面と腹側にある冠骨隆起、および外側にある浅指屈筋の腱によって作られるV字型の陥凹に、肢の長軸と垂直に注射針を1 インチ刺入する。注射針が関節包内に存在することを確認するために、関節の膨満感覚を自覚せよ。
球節:掌面アプローチ:1インチ・20ゲージの注射針を用いる。肢を負重させるが、肢の制御が困難なら障害が存在するのであり、変形性関節症の場合には関節包が虚脱する。背側アプローチ:1インチ・20ゲージの注射針を用い、肢を負重させるか、屈曲位で保持して実施する。非体重負荷位の外側アプローチ: このアプローチが好んで実施されている。肢を負重せずに屈曲位で保持して、外側から、1インチ・20ゲージの注射針を、外側側副種子骨靭帯を貫通して、あ るいはその靭帯の直上を刺入する。刺入部位は、管骨尾側部、繋骨近位部、種子骨背側部によって作られた陥凹部であり、肢の長軸に対して垂直に刺入する。注 射針はホルダー付きが好ましい。
腕関節(手根関節):橈骨手根関節および手根間関節に対する肢の屈曲位における背側アプローチ:1インチ・19-20ゲージの注射針を用いる。馬が注射針に敏感な場合には、獣医師が両膝で馬の管骨を挟んで制御する。橈骨手根関節に対する負重肢における尾側外側アプローチ:1インチ19-20ゲージの注射針を用いて、橈骨掌面で外側副手根骨近位部に刺入する。手根間関節に対する負重肢における尾側外側アプローチ:尺骨と第四手根骨の間に刺入する。
肘関節:外側アプローチ1インチ・19-20ゲージの注射針を用い、外側側副靭帯に対して頭側ないし掌側に刺入する。
肩関節:3.5インチ・18-19ゲージの脊髄針を用いて、上腕骨近位部の大結節の頭側突起と尾側突起の間の溝に刺入する。
2) 後肢の関節に対する注射手技
後肢遠位部の関節の刺入手技は前肢遠位部の関節の手技と同じである。
飛節(足根関節):足根下腿関節のアプローチ:1インチ・19-20ゲージの注射針を用いて、伏在静脈の内側ないし外側で関節の背側憩室部位を刺入する。滑液が容易に出てきて、吸引することも可能である。足根中足関節のアプローチ:第四中足骨近位面の微妙なへこみを触知し、1インチ・20ゲージの注射針を45°の角度で頭側内側に向けて刺入せよ。滑液は容易に得られるが、薬剤を3-4 mL注入後に抵抗が生じてくるので、ゆっくりと注入せよ。足根間関節のアプローチ:1インチ・22ゲージのプラスティックハブ付き針を用いて、第三中足骨と第二中足骨の接合部で、1 cm 近位、0.5 cm頭側、そして頭側脛骨筋内側腱(キュネアン腱)直下に刺入する。伏在静脈を刺入部位のガイドとして用いることができる。滑液を得る可能性は小さい。
膝関節(大腿膝蓋関節)内側大腿脛関節へのアプローチ:膝関節の治療に最もよく用いられるアプローチであり、治療のために最も普通に用いられているのは1.5インチ・19ゲージのプラスティックハブ付き針である。この針を用いて、内側膝蓋骨靭帯と内側側副靭帯の間で、脛骨近位部の1 cm上に刺入する。
股関節:刺入困難な関節である。寛結節と坐骨結節が触知の良い指標となる。股関節は寛結節から骨盤の全長の2/3後方に位置す る。坐骨結節よりも頭側に位置する大腿骨近位部の大転子を触知せよ。次いで、大転子と小転子の間にある転子切痕を確認せよ。7インチ・18-19ゲージの 脊髄針を、針を水平面で大腿骨頚に近接するように角度をつけて転子切痕を通過していくように刺入せよ。消毒用手袋をはめた手で針のシャフトを持って針を操 作せよ。大腿骨に接触せずに3-4インチ進むと股関節内に針が刺入する。滑液は吸引することができる。滑液が出てこない場合には薬剤を注入すべきではな い。
3) 関節内注入剤の選択
 
使用できる薬剤は、コルチコステロイド、ステロイドと併用するか併用しないヒアルロン酸、IA adequan、ポリグリカンとIRAP(インターロイキン1受容体アンタゴニスト・タンパク質―遺伝子治療)である。
 IA adequan:感染などを予防するためにアミカシン9125 mgを加えて利用されている
 ポリグリカン:医薬品として市販されている。運送業者賠償責任保険を調べる必要があるかもしれない。ポリグリカンは、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸ナトリウおよびN-アセチル-D-グルコサミンで構成されており、術後の関節腔の洗浄用とラベルには書いてある。
 IRAP:新しい遺伝子治療であり、他の治療法には反応しない関節疾患には必要とされるかもしれない。

2. 競走馬の胃潰瘍 Gastric ulcers in race horses
胃潰瘍とは何か?

 この症候群には胃炎から重度の潰瘍形成までが含まれ、細胞成分の破壊とともに胃粘膜の変異が生じ、この変異は粘膜固有層まで障害す る。この症候群はヒトの胃食道逆流症(胸焼け)と非常に類似している。これが最初に注目されだしたのは主として競走馬産業であったが、他の分野の競技用馬 にも広く流行している可能性がある。胃潰瘍/胃炎の有病率は、競走馬では90%、他の競技用馬では60%に達する可能性がある。ほとんど全ての競技用馬は その生涯において、ときに胃潰瘍に罹患するであろう。
胃潰瘍の病因
 
胃壁保護因子群が攻撃性因子群に圧倒されると(すなわち、両因子群の平衡障害)、胃炎と胃潰瘍が生じる。胃壁保護因子群は、ストレスおよびステロイド薬や非ステロイド系抗炎症薬のような薬物によって抑制される。
危険因子No. 1:採食および給餌のパターンが定期的でなくなることに起因する。すなわち、運動ないし競技の前に食餌を差し 控えること、穀物と濃厚飼料および乾草と青草の割合を変えること、放牧地における採草を制限するか実施しなくなることなどであり、このような変化は馬を移 動するときに特に生じる。競走馬は十分な粗飼料を採食することができなくなることが多く、その結果、胃内の内容物の容量が減ってしまい、空腹状態となる。
危険因子No. 2:ストレスに起因する。すなわち、トレーニングと競技における身体的ストレス、疾患および疾患に起因する運動不能によるストレス、疼痛、跛行および外科手術によるストレスなどである。
 非ステロイド系抗炎症薬:この薬物は、主としてCOX-1の活性を抑制することにより、プロスタグランジンEの産生を抑制するので、酸の生成が増加し、腺性細胞組織の血流が低下する。その結果、治癒機序が遅れ、粘液と重炭酸塩の分泌が低下する。
胃潰瘍・胃潰瘍症候群の徴候
 
胃潰瘍並びに胃潰瘍症候群に認められる徴候には、体重減少、食欲不振、被毛成長障害、再発性疝痛、状態・行動の変化、および運動能 力の低下などが含まれる。馬は胃痛に対しては様々な反応を示す。すなわち、疝痛、運動に対する抵抗・忌避、硬直、肢の反応欠如、および背痛姿勢の維持ない し偽背痛の姿勢などである。
胃潰瘍の診断
 
確定診断には内視鏡検査を用いる。長さ2.5-3 m、直径10-13 mmのファイバースコープを用いて、絶食状態(12時間の絶食、この間4時間毎の給水)の鎮静下にある罹患馬の胃を検査する。胃の内視鏡検査にはある程度 の経験が必要である。適切な治療に対する反応は、もう1つの確定診断法であり、これには反応の相違をすばやく検知できるようになっておかなければいけな い。
 胃潰瘍の治療にはガストロガードgastrogard(ウルサーガードulcergard)を用いるが、他の治療法もあり、罹患馬の管理方法を変えることも治療法の1つである。
 胃潰瘍を分類する場合には、“臨床徴候と胃潰瘍の重篤度の間には相関がない”ということを理解しておくことが重要である。
胃潰瘍の有病率
 
競走馬における胃潰瘍の有病率は約90%である。
胃潰瘍の治療
 
胃潰瘍の治療の目的は胃のpHをコントロールすることにある。Schwartzの格言、“酸がなければ、胃潰瘍はなし”。胃潰瘍の治療は、24時間毎に少なくとも22時間はpH4.0以上を維持することである。
内科療法:胃酸と胃潰瘍の管理を実施する。胃酸を中和することが重要である。
1) 胃酸の中和:制酸剤は胃酸の分泌を抑制する効果がなく、作用時間は30-60分と短いので、1日に複数回の投与が必要となる。また、制酸剤投与は胃潰瘍の治療にはならない。
2) 潰瘍床の保護:スクラルファートsucralfateは、腺性粘膜潰瘍の治療薬であり、胃潰瘍の陥凹性病変の悪化を防ぐ ために付着し、ペプシン活性を抑制する。この薬剤は、4-6時間毎に投与しなければならず、酸の産生を止めることはできず、胃の正常な組織を保護するもこ ともできない。他の薬剤の作用を抑制する可能性がある。
3) プロスタグランジン類似化合物:ミソプロストールmisoprostolは合成プロスタグランジンE1類似化合物であり、胃酸を抑制し、細胞を保護し、非ステロイド系抗炎症薬誘発性潰瘍を予防する。馬ではシメチジンと同様の効果がある。
4) 胃腸運動改善薬:ベタネコールbethanecholは胃の運動を促進するが、馬の胃潰瘍では前向き研究が存在しない。
5) 酸分泌抑制薬:シメチジンcimetidine、ラニチジンranitidine、ファモチジンfamotidine、 ニザチジンnizatidineは、ヒスタミンH2受容体の拮抗薬であり、この受容体に競合的に結合する。作用の持続時間は4-8時間と短い。馬では、こ の反応が一定しておらず、酸産生の抑制は不完全であるが、トレーニング計画の変更と共に,適切な用量を使用したときにのみ、胃酸分泌を十分に阻害すること が明らかにされている。
6) プロトン・ポンプ阻害薬:ベンジミダゾールbenzimidazoleの誘導体であるメプラゾールmeprazole は、酸を産生するプロトン・ポンプをブロックすることによって酸の産生を抑制する。トレーニングを継続中の馬において胃潰瘍の治癒率は96%である。馬用 の胃潰瘍の薬として現在使用できるのは、ガストロガードgastrogardとウルサーガードulcergardだけである。両方とも同じ成分であるが、 注射筒のマーキングのみが異なっている。ガストロガード(経口ペースト剤)は、4 mg/kgを1日1回28日間、次いで2 mg/kgを1日1回胃潰瘍の再発を予防するために与える。治療後28日間は投与せよ。
補助的療法
1) 飼い付け
:乾草は自由に採食できるように与える。食餌は複数の小さい穀物類を与え、穀物の比率を下げる。穀物の種類を変えよ。穀物よりも乾草を優先させよ。
2) 厩舎管理:放牧地への放牧回数あるいは乾草の採食機会を増加せよ。競走馬ではこのような増加が実施されていない。ガスト ロガードgastrogardの研究で明らかにされたことは、ガストロガードgastrogardの投与を中止すると、4週間以内に92%の馬が胃潰瘍を 再発したということであり、投与中止後わずか48時間経過しただけで胃潰瘍が再発する可能性があるということであった。
 胃潰瘍と診断された馬における最も多い苦情は運動能力の低下であった。
予防
 
胃潰瘍発生要因(トレーニング、ストレスなど)に暴露された馬では、胃潰瘍発生を予防するために、オメプラゾール omeprazole(ガストロガード/ウルサーガード)、1 mg/kg/day(1/4チューブ)を経口投与すると効果がある。ストレス状態の間欠期、例えば、競馬の前および競馬の後では、オメプラゾール omeprazole 、1日1/4-1チューブの経口投与を、3-4日間続ける。競馬当日にこの薬物を使用する場合には、競馬開催場所におけるこの薬物使用の法的正当性を チェックする必要がある。潰瘍の治癒しないスタンダードブレッド種でこの使用法を試験したが、食欲は良くなり、馬は健康に見え、運動能力が改善した馬もい た。胃潰瘍の特徴は発症が早い可能性があるということである。