馬科学情報

米国のウマ繁殖の現状と課題

Michelle LeBlanc(ルード&リドル馬診療所)

 米国のサラブレッド生産業界は、ここ3年間にわたって混迷状態を続けている。その要因はさまざまであるが、不況が始まったことによる 影響が最も大きい。業界への影響の程度は、州によってばらつきがあるが、一番大きな打撃を受けたのがフロリダ州である。業界の低迷を招いた原因としては、 サラブレッド競馬の健全性およびイメージの低下、子馬の生産過剰、牝馬やその子馬を売却しても元が取れないほど高額な種牡馬種付け料、牧場主が抱える重い 借入負担、牧場の過剰借入体質等の要因が考えられる。今回の不況で明らかになった不良抵当債権の数は、カリフォルニア州、ネバダ州およびフロリダ州が最も 多かった。サラブレッド生産業の中心地であるフロリダ州オーカラでは、明言はされなかったが、抵当物件の差し押さえを受けた農家の数が全米一番ではないか という疑いを持たれた。
 今年8月、ジョッキークラブは、2012年の産駒数は1971年以降で最も少なくなるとの見通しを示した。同クラブは、2011年度に交配された報告の ある繁殖牝馬の数に基づいて試算した2012年度の産駒数を、2011年の2万7,000頭から8.5%減少して2万4,700頭に落ち込むと予想する。 産駒数に関しては、昨年まではフロリダ州がケンタッキー州に次いで第2位の地位にあったが、2011年はカリフォルニア州が第2位となり、フロリダ州はル イジアナ州と並んで第3位に甘んじる結果になった。フロリダ州では、2007年には7191頭の牝馬の交配が行われ、4063頭の産駒が登録されている。 その後産駒の登録数は減少を続け、2010年には2097頭となり、2011年にはさらに1516頭まで落ち込んで、1950年代以降でのフロリダ州の最 低記録となった。テキサス州も産駒数の落ち込みの割合は同様のレベルだが、同州はクォーターホースの繁殖と育成によってその名を知られている。テキサス州 の産駒数は、2010年には776頭であったが、2011年は508頭まで減少した(25.3%)。カリフォルニア州の2011年の産駒数は、2010年 の1891頭から 6.8%減少して1762頭となった。一方ケンタッキー州は、米国最大のサラブレッド生産州としての地位を圧倒的に維持し、米国全体の新生子馬の約85% を生産している。しかし、そのケンタッキー州の産駒数も、2007年に14,801頭であったものが、2010年には12,931頭に、2011には 11,065頭にまで落ち込むなど、過去3年間減少を続けている。
 ジョッキークラブへの報告によれば、2011年におけるサラブレッド産駒の報告数の減少率は米国全体で13.5%であったが、フロリダ州の減少率は 25.4%で、同年度の米国のサラブレッド生産数上位10州のうち最大の落ち込みとなった。この差は、どこから生まれたのか。フロリダ州で繁殖された馬 は、その大部分が中程度から下の価格帯で取引されており、フロリダ産でも最良クラスの牝馬は交配のためケンタッキー州に移動している。現在、中程度から下 の価格帯の馬は買い手がきわめて少なく、飼養者が利益を出せるのは、唯一、レントゲンおよび内視鏡検査での異常がないことに加え、体形異常等が一切ない子 馬の販売のみというのが現状である。また、フロリダ州の種牡馬は、ケンタッキー州のものと比較し、全体的に品質が低い。そのため、種牡馬の種付け料も低価 格にとどまっている。フロリダ州は、これまで、若く実績のない(unproven)種牡馬を継続的に飼養しているが、一旦勝ち馬を産出ことに成功すると、 その種牡馬は、種付け料の相場が高く、牝馬の数もはるかに多いケンタッキー州に移動するという経過をたどっている。種付け料は、ケンタッキー州の種牡馬市 場で取引されるようになると、一般に、3倍から5倍に上昇する。過去、フロリダ州からケンタッキー州に移った有名な種牡馬には、ミスタープロスペクター (Mr. Prospector)、セントバラード(Saint Ballado)、ソンガンダプレイヤー(Songandaprayer)、また最近では、2010年の2歳リーディングサイアー・ランキングで2位を獲 得したコングラッツ(Congrats)の例がある。
 小規模牧場の規模は、フロリダ州では繁殖牝馬の繋養頭数が2-3頭と、ケンタッキー州の10-20頭に比べて一段と小さい。フロリダ州の場合、小規模牧 場の大部分は、サイドビジネスまたは趣味として繁殖を手掛けている。現在の市場状況では、低品質の牝馬に実績のない種牡馬を交配して子馬を生産しても経済 的に採算を取るのが困難であることから、多くの小規模牧場が過去3年の間に生産から撤退している。フロリダ州の小規模牧場の多くは、牝馬の発情状態を判断 するために当て馬を用いた試情を実施していない。オーナーは、必ずしも常に馬の繁殖について経験豊富な獣医師のサービスを利用できるわけではなく、した がって、牝馬の管理と交配時期の管理は最適とはいえないのが現状である。また、オーナーの知識の程度が、ケンタッキー州の牧場経営者に比べてレベルが低い といったケースも散見される。馬の繁殖について専門的な訓練を積んでいる獣医師と接する機会は、教育の場が増えるほど多い。ケンタッキー州では、獣医学の 進歩と牝馬の管理をテーマとしたブリーダー向けのセミナーが頻繁に開催されているが、これは大手の病院はこうしたセミナーの会合を病院のサービスの宣伝に 利用しているためである。ケンタッキー州には、州外から牝馬を迎え入れて繁殖を行う大型の商業牧場が数多くあるが、フロリダ州の場合、大手の牧場はほとん どが個人経営である。これらのオーナーは、トップクラスの品質の牝馬をケンタッキー州に送って交配させ、夏の終わりごろにフロリダ州に戻している。この間 の移動距離は、片道1650 km(750マイル)に及ぶ。フロリダ州の種牡馬で繁殖を行うケースはほとんど見られない。フロリダ州の大型商業牧場は、その大部分がすでに休業に追い込 まれている。フロリダ州におけるサラブレッド生産業界の不振の背景には、ルイジアナ州、ペンシルバニア州およびニューヨーク州と比較してブリーダー・イン センティブが不相応に低いという事情もある。
 フロリダ州とケンタッキー州とでは環境条件が大きく異なり、このことが馬の育成にも影響を及ぼしている。フロリダは、冬はよく晴れて涼しく、日中の気温 はほぼ摂氏20度台の中ほどで安定しており、夜間でも氷点下に達するのはわずか数週間のみである。夏は暑く、ほぼ毎日雨が降り、湿気が多い。特に7月と8 月は、気温が連日摂氏30度台の後半に達し、湿度は90%を超える。牝馬は、夏になると、常に湿気をはらんだ牧草と砂地に接するために、蹄膿瘍、白線病等 の蹄病に罹患しやすくなる。しかし、10月から5月にかけての天候は素晴らしく、気温は日中で最高摂氏27度、夜間で最低摂氏5度と安定し、ほぼ毎日晴れ の状態が続く。牧草の状態は、冬は不良、夏はまずまずの程度である。牧場では、海辺の牧草や落花生の牧草しか収穫できないため、飼料は他州から輸入しなけ ればならない。フロリダでは、馬を厩舎に囲うことはまれで、大抵は、1日に1回か2回、馬を厩舎内に入れて飼料の給与と馬体検査を行う。ケンタッキー州の 気候はフロリダとは大きく異なっており、多くの馬は、フロリダの熱気と湿気に比べ、冷たく湿ったケンタッキーの気候を好んでいる。ケンタッキーの冬は、寒 くて暗く、湿気があり、12月から3月は日中の気温が摂氏0度に届かないこともまれではない。夜間の寒気は半端ではなく、雪やアイス・ストームも頻繁に発 生する。繁殖牝馬と子馬は、通常、夜間は厩舎内に留め置かれ、日中放牧される。冬の季節は、凍結した泥土と氷のために蹄に疾患が発生することが多い。ケン タッキー州は高気温と最低気温の差が大きく、冬は日中でも摂氏マイナス20度を記録し、夏は35度から40度に達する。夏は暑く、湿気が多いが、雨の少な い乾燥した夏場が続くことも多い。土壌は粘土質で、夏は固く硬化する。そのため、離乳した子馬(weanlings)が蹄骨を骨折することも珍しくなく、 また、蹄鉄を付けた雌馬の場合、群がるハエを追い払おうと足で頻繁に地面を踏みならすため、蹄鉄が外れてしまうことも少なくない。しかし、4月から7月に かけての季節と9月から10月にかけての季節はきわめてのどかで、そよ風の吹く涼しい日が続き、牧草の状態も理想的となる。
 ケンタッキー州では、駆虫薬に対して耐性のある寄生虫が増えている。若い子馬や1歳馬では、イベルメクチンやフェンベンダゾールに対して耐性のある回虫 が寄生しているものが多い。過去20年以上に亘って、牧場で45日から60日毎にすべての馬の駆虫を定期的に実施してきたことがその主たる原因であると思 われる。この寄生虫の耐性は、フロリダ州ではさほど大きな問題になっていないようであるが、フロリダ州の場合はその方面の研究もまだ十分行われていない。 いずれにせよ、現段階では、糞試料を採取し、1グラム当たりの糞便に対する寄生虫卵の数を基準として寄生虫の感染について評価し、駆虫プロトコルを作成す ることが望ましい。
 生産業界の将来は、かならずしも暗い見通しばかりではない。今夏のオーカラ(Ocala)とキーンランド(Keeneland)での1歳馬の市場は好調 な結果を残した。オーカラでは、1歳馬の中間価格が$8,000から$10,250へと15%上昇する一方、主取りの割合は25.1%から 24.4%に低下した。今夏13日間にわたって行われたキーンランド市場では、1歳馬の中間価格は20%上昇して$30,000の値が付いた。主取りの割 合は、キーンランドでの1歳馬市場の場合、例年最後の4日間で最も高くなり、2010年では24.25%から35.5%であったが、今年は13.5%前後 で推移した。市場が改善の兆しを見せ始めるようになった原因としては、産駒数が減少した結果、子馬の品質が向上し、生産コストが減少すると共に、種付け料 の低下が進んだことなどの要因を挙げることができる。バイヤーは買い姿勢を一段と強めている。業界はそろそろ底を打ったと思われ、今後上昇が期待される。