馬科学情報

コラム

覚せい剤の影響

Q:覚せい剤がウマに与える影響について

 

本年2月に西武や巨人で活躍した元プロ野球の清原和博選手が覚せい剤取締法違反により逮捕され、新聞やテレビなどで覚せい剤の恐怖について盛んに報道されました。覚せい剤は脳神経系に作用し、心身の働きを一時的に活性化させることから、わが国では1950年まで疲労回復薬として販売されていたということですが、この覚せい剤をウマに使用した場合、どのような影響があるのか教えてください。また、ヒトでは数回の使用で強い嗜好性が生じ、習慣性の依存状態になると言われていますが、ウマでも同じような状態になるのでしょうか。

 

A:お答え(寄稿日:2016.7.8

 

日本の覚せい剤取締法では,アンフェタミンおよびメタンフェタミンならびにこれらと同種の作用を有し政令で定めたものを覚せい剤として定めています。ウマに対する覚せい剤の影響に関する研究を検索しますと,残念なことに,報告例が少ないばかりでなく,35年以上前に遡ります。

海外では,アンフェタミン2例(Smetzerら(1972年),Stewartら(1972年)),メタンフェタミン2例(Sanfordら(1971年,1973年))しか見当たりません。その他,公表されていませんが,これら覚せい剤のドーピング検査に関連する投与実験における臨床所見が報告されています。これらの報告から,アンフェタミン,メタンフェタミンは心拍数や呼吸数を増加し,不整脈を出現させる場合があり,アンフェタミンは呼吸系への作用が強く,メタンフェタミンでは警戒心や刺激反応性が増加するが,経口投与では効果が弱いと考えられます。また,ともに運動パフォーマンスを向上するがその効果はメタンフェタミンの方が強いと考えられます。日本では,(公財)競走馬理化学研究所における「競走馬におけるドーピング薬物の薬理学的研究」の一環としてメタンフェタミンの研究成果の一部が,第92回日本獣医学会(1981年)で発表されています。それによれば,メタンフェタミンの筋肉内投与により,警戒心や刺激反応性の増加,運動時における前進意欲の向上,200mの全力疾走における走速度の増加がみられたが,投与量が増えるにつれて強い興奮状態が出現し,実験を中止せざるを得ない場合があったと報告されています。メタフェタミンはヒロポンとして知られており,中枢神経系刺激による覚せい作用を有し,疲労回復,眠気防止,士気高揚などに効果があり,戦時中は軍需用として使用されていたと言われています。ウマにおいてこれらの効果を調べることは難しいですが,メタンフェタミンによる警戒心や刺激反応性の増加および運動時における前進意欲の向上や激しい興奮は,中枢神経系を介した覚せい作用と関連があると考えられます。

ウマにおいては,アンフェタミンは当初,麻酔による呼吸抑制の治療薬として紹介されたようですが,覚せい剤が治療目的で使用されることはほとんどなく,ドーピング薬物としてのパフォーマンスに及ぼす影響が注目されたと考えられます。したがって,ウマに対して覚せい剤を反復投与するケースはほとんどなく,ヒトで言われるような覚せい剤の依存性,幻覚や妄想などの副作用はウマでは知られていません。

余談となりますが,世界各国の競馬において,覚せい剤は禁止薬物として使用が規制されています。日本では,昭和53年以来,覚せい剤の陽生例は報告されていませんが,国際競馬統括機関連盟の統計(2003~2014年)によれば,世界の競馬におけるドーピング検査の陽性例として,アンフェタミン19件,メタンフェタミン15件が報告されています。

 

黒澤雅彦(JSES理事 競走馬理化学研究所常務理事)